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トップページ原爆の絵種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)"

原爆の絵

種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)" で 836 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
661 SG-0463 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」私の家族 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ)
662 SG-0482 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」私の葬式 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 生口島
663 SG-0483 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」級友の慰霊碑 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946/2/頃
664 SG-0484 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」青空教室 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ)
665 SG-0608 級友 修道中学校2年3組 S20年4~5月 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945/4~5 修道中学校
666 SG-0027 細工町広島郵便局付近 小尻 勉(コジリ ツトム) 細工町広島郵便局付近
667 SG-0067 終戦の日を陸軍病院でむかえる 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/15
668 SG-0400 終戦翌年に復員し見た風景 永山 春三(ナガヤマ ハルソウ) 1946/8 猿楽町
669 SG-0190 義兄の下宿先 森 孝人(モリ タカト)、森 蓮枝(モリ ハスエ) 1945/8/7 広島市千田町
670 SG-0367 耕司生家 山田 耕司(ヤマダ コウジ)
671 SG-0360 背中に大やけどを負い、水を求める女性 杉本 信夫(スギモト シノブ) 1945/8/6
672 SG-0454 胡瓜で治療 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945/8/13 小屋浦海水浴場収容所
673 SG-0245 胸に桟が刺さり苦しむ女性。駆けつけた夫が桟を抜こうと引っ張るたび、「ギャーッ、ギャーッ」。(後半省略) 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広島中央電話局西分局1階通路
674 SG-0531 胸に穴があいた馬。死んだ母と子。馬にまたがったまま倒れて死んだ兵隊と軍夫。防火水槽に手をかけた黒焦げの死体 渡慶次 恒徳(トケシ コウトク) 1945/8/8~9 西練兵場近くの川の堤防の上、逓信病院跡、横川
675 SG-0681 自宅の風呂の中で、動物の骸骨を見つけた 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945/9月上旬 大手町八丁目北組、自宅跡
676 SG-0357 自宅焼け跡。復興の旗を立てる父。(小原一家原爆の絵連作2) 小原 芳郎(オバラ ヨシロウ) 1945/8
677 SG-0683 自転車に乗った遺体 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945/9月末 加茂鶴酒場(三津石酒造)
678 SG-0622 興南寮 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945 興南寮
679 SG-0214 舟入南の共和精機有限会社で被爆した 横山 十三穂(ヨコヤマ トミホ)
680 SG-0207 色のない町 牧野 俊介(マキノ シュンスケ) 1945/8/7 広島駅プラットホーム

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