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トップページ原爆の絵種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)"

原爆の絵

種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)" で 799 件検索されました。

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検索結果の表示件数

No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
761 SG-0090 いたる所で死者を焼いていた 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1946
762 SG-0743 バター飯を食べて体力をつける 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1946/1頃
763 SG-0656 慰霊碑について1 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946/2
764 SG-0657 慰霊碑について2 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946/2
765 SG-0717 被爆後を生きる女3 被爆 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946/2 広島駅付近
766 SG-0718 被爆後を生きる女4 革ジャンの男 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946/2 広島駅付近、愛宕鉄橋
767 SG-0483 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」級友の慰霊碑 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946/2/頃
768 SG-0052 1946年5月15日私が広島駅から広島市内を見た光景 金 柄台(キム ビュンテ) 1946/5 広島
769 SG-0400 終戦翌年に復員し見た風景 永山 春三(ナガヤマ ハルソウ) 1946/8 猿楽町
770 SG-0123 崩れたレンガの中にそれはむごたらしい遺体があった 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1946/春 原爆ドーム東よりにあった中通口
771 SG-0567 「戦後の記憶」 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1946年春
772 SG-0624 爆風で飛んできた石がはさまった墓石(広島)/原爆さく裂後の長崎市上空 坂部 勝利(サカベ カツトシ) 1946(広島)、1945/8/9(長崎)1946 広島:不明/長崎:大村市の自宅から見た長崎市上空
773 SG-0733 被災、火傷の後遺症 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1948
774 SG-0734 被爆火傷の意識の変化 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1948
775 SG-0738 火傷の傷跡に塗るため、ガマの油を買う 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1948頃 広島駅前
776 SG-0613 強くなりたい、顔の火傷跡を消したいと、ボクシングクラブに入会する 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1949~1950
777 SG-0509 夏は鶴見橋で水泳 横田 礼右(ヨコタ ヒロスケ) 1950夏 鶴見橋付近
778 SG-0699 兄の赤紙と父3 父の思い 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1950年秋
779 SG-0739 進駐軍列車 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1950頃
780 SG-0725 可愛い静ちゃん1 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1954初夏

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