トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)"
種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)" で 1411 件検索されました。
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検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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1321 | NG478-09-01 | 兵隊の死体で足の踏み場もない西練兵場。暑さで腐敗し収容のため腕や足を持ち上げるとちぎれてくる。 | 辻口 清吉(ツジグチ セイキチ) | 1945/8/8 | 西練兵場 | |
1322 | NG478-09-02 | 兵隊の死体で足の踏み場もない西練兵場。暑さで腐敗し収容のため腕や足を持ち上げるとちぎれてくる。 | 辻口 清吉(ツジグチ セイキチ) | 1945/8/8 | 西練兵場 | |
1323 | NG482 | 防火用水槽の中に頭を突っ込んで亡くなっている人。 | 青木 尊美(アオキ タカミ) | 1945/8/8 | 横川付近 | |
1324 | NG303-03 | 炎天下のアスファルトの上の死体。眼球は飛び出し体液がにじみ出ていた。 | 松本 秀子(マツモト ヒデコ) | 1945/8/8か、8/9 | 木挽町 | |
1325 | NG477-02 | やけどで顔がはれ上がった負傷者たち。ハエが群がり、ウジがわき、水を求めながら亡くなった。 | 山本 チエノ(ヤマモト チエノ) | 1945/8/8から約2週間 | 広島陸軍病院大芝分院、三入分院 | |
1326 | NG032 | 頭がかゆくて一睡もできないと訴える男性。腫れた部分からウジが何十、何百と落ちてきた。 | 正木 鏡子(マサキ キョウコ) | 1945/8/8頃 | 小方国民学校 | |
1327 | NG469-04 | 岸に立てかけた焼トタンの下の死体 | 小笠原 昭道(オガサワラ ショウドウ) | 1945/8/8頃 | 水主町近く | |
1328 | NG040-05 | 陸軍幼年学校の校庭に生存者を収容する。傷の状態により軽傷者より宇品へ搬送する。死者は付近に集積。 | 貞森 幹夫(サダモリ ミキオ) | 1945/8/8~ | 広島陸軍幼年学校 | |
1329 | NG202-08 | 木片、木の葉、枝そして人が点々と浮いていて池の水は見えなかった。木陰にも人がいた。 | 中島 睦男(ナカジマ ムツオ) | 1945/8/8~8/10 | 縮景園 | |
1330 | NG184-01 | 全身に包帯を巻かれてむしろに横たわる負傷者たち。そばでたかるハエをうちわであおぐ女性。 | 渡邊 武(ワタナベ タケシ) | 1945/8/8~8/10頃 | 海田市駅前の梅田旅館の玄関 | |
1331 | NG199 | 塀のそばに横たわっていた黒焦げの死体。目と歯だけが白くいつまでもいつまでもその場所にあった。 | 池田 光男(イケダ ミツオ) | 1945/8/8~8/9 | 広島刑務所 | |
1332 | NG256 | 食べ物の配給、広場に集められた負傷者、横転した汽車、馬の死体、母子と軍医、やけどした子どもたち。 | 菅野 俊雄(カンノ トシオ) | 1945/8/8~8/9 | 広島駅 | |
1333 | NG258 | 黒焦げの死体の山の横で火傷にウジが這い回る姿の母、8歳の兄と5歳の私。 | 中村 正子(ナカムラ マサコ) | 1945/8/8~8/9 | 矢賀国民学校 | |
1334 | NG400-05 | 電気がついたと思い近寄って見ると電柱の先が炭火のようになって点灯しているように見えたのだった。 | 匿名 | 1945/8/8~8/9 | 袋町国民学校 | |
1335 | NG024-04 | 市内は焼け野原で、路面電車は横転してレールは曲がり、軍馬は腹がパンパンに腫れ上がって倒れていた。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/9 | 横川駅 | |
1336 | NG024-06 | 婦人会が炊き出ししたおにぎりを広島市に運ぶ。街には焼けただれ男女の区別もつかない人が多くいた。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/9 | ||
1337 | NG055-01 | 幼なじみの友人を暁部隊の救護所で見つける。背中をやけどし毛布がくっついて動けない状態だった。 | 奥窪 和郎(オククボ カズオ) | 1945/8/9 | 坂村、暁部隊鯛尾倉庫 | |
1338 | NG067-14 | 寮で手当をしていたが亡くなった人を火葬するために担架にのせて裏山に運ぶ。 | 小林 豊(コバヤシ ユタカ) | 1945/8/9 | 日本製鋼所向洋工場の寮 | |
1339 | NG067-15 | 寮に収容して亡くなった人たちを裏山に運び、穴を掘り火葬する。 | 小林 豊(コバヤシ ユタカ) | 1945/8/9 | 日本製鋼所向洋工場の寮 | |
1340 | NG069-02 | 駅前にたくさんの負傷者がいた。男女の区別もつかず髪はちぢれて肌に食い込んだ着物の布で女の人とわかった | 田島 武雄(タジマ タケオ) | 1945/8/9 | 矢賀駅 |