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トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)"

原爆の絵

種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)" で 1407 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
1221 NG401-05 お寺の長い階段に並び救護班の治療を待つ。中々治療は受けられず母の傷は痛むばかりだった。 梶田 瞳(カジタ ヒトミ)
1222 NG401-06 避難所を変わることになりトラックに乗り府中国民学校に行った。たくさんの負傷者でいっぱいだった。 梶田 瞳(カジタ ヒトミ) 府中国民学校
1223 NG401-07 母はやけどはだいぶよくなったが今度は気分が悪くなり大量の出血をして亡くなった。 梶田 瞳(カジタ ヒトミ)
1224 NG402 疎開していた学校に負傷者がたくさん来た。広島駅では外を見たらいけないと汽車の窓はよろい戸がおろされた 池田 節子(イケダ セツコ) 1945/8/6 向原国民学校、広島駅
1225 NG403 応急手当の治療が開始され負傷者が集まって来た。 小川 ヨシコ(オガワ ヨシコ) 1945/8/6 広島赤十字病院
1226 NG404-01 やけどして服もボロボロの人たちが避難してきた。寺の前で泣いている女の子を連れて逃げる。 森清 和恵(モリキヨ カズエ) 1945/8/6 浄光寺
1227 NG404-02 死んだ母親の乳房にすがりついたままの赤ん坊。防火用水槽に頭をつっこんだままの人。川を流れる死体。 森清 和恵(モリキヨ カズエ) 1945/8/7
1228 NG405 焼けた路面電車の中や周辺の死体。地上に散乱した車掌のバッグや小銭。 高見沢 安正(タカミザワ ヤスマサ) 1945/8/6
1229 NG406-01 水を求める学徒たちの声が倉庫に響く。1人1人に名前を聞いてまわる。死んだ母親の乳を吸う赤ん坊。 佐藤 泰子(サトウ ヤスコ) 1945/8/6 広島陸軍被服支廠
1230 NG406-02 姉の弁当箱と2人の白骨を見つける。どちらが姉かわからないので両方の骨の一部を持ち帰った。 佐藤 泰子(サトウ ヤスコ) 1945/8/7 東保健所
1231 NG407-01 学童疎開していた学校の校舎の軒先から3機のB29爆撃機を見る。3機はしばらくX印の状態だった。 松浦 豊志(マツウラ トヨシ) 1945/8/6 志和堀国民学校
1232 NG407-02 一瞬青い光を感じ同時にドンと音がして左前方の山と山の間からパッと赤珠黄色の光球が現れた。 松浦 豊志(マツウラ トヨシ) 1945/8/6 賀茂郡志和堀村
1233 NG407-03 空を見ると大きなかぼちゃを逆さにしたような雲があってとてもきれいだった。 松浦 豊志(マツウラ トヨシ) 1945/8/6 賀茂郡志和堀村
1234 NG408-01 ピカッと光り窓に走り寄ると広島のあたりからもくもくと赤か橙色のものが立ち上っていた。 青江 万里子(アオエ マリコ) 1945/8/6 可部国民学校
1235 NG408-02 午後黒い雨が降る。夕方皮膚がたれさがった人たちに会う。救護所で負傷者の看病を手伝う。川原での火葬。 青江 万里子(アオエ マリコ) 1945/8/6以降 安佐郡可部町大字上原
1236 NG409 大連から引き揚げ列車の中から見た広島。 田阪 古都美(タサカ コトミ)
1237 NG411 弟・藤井寿は被爆死した時岩波新書の「竹沢といふ人」を身につけていた。 藤井 実(フジイ ミノル)
1238 NG412-01 原爆がさく烈する瞬間を見る。マグネシウムのような光が大きくなり2秒半後工場全棟が倒壊した。 多田 好一(タダ ヨシカズ) 1945/8/6 三菱製作所己斐分工場
1239 NG412-02 どしゃ降りの黒い雨の中で救助活動をする。倒壊した建物の中から助けてと声がする。 多田 好一(タダ ヨシカズ) 1945/8/6 西隣保館
1240 NG413-01 倒壊した家から抜け出し火のない方へと逃げる。橋の上では腹に火のついた馬が暴れていた。 池本 ヨシ子(イケモト ヨシコ) 1945/8/6 明治橋近く

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