トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)"
種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)" で 1407 件検索されました。
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検索結果の表示件数
| No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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NG387-02 | 死体はあちこちに横たわり一部は集められて大八車の上に積み重ねられていた。 | 井上 イツコ(イノウエ イツコ) | 1945/8/7 | 東練兵場 |
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NG387-03 | たった一つの水道の蛇口に多くの負傷者が水を求めて並んでいた。 | 井上 イツコ(イノウエ イツコ) | 1945/8/7 | 東練兵場付近 |
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NG387-04 | 枕元に置かれたむすびを食べることもなく息絶えた子ども | 井上 イツコ(イノウエ イツコ) | 1945/8/7 | 饒津神社付近 |
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NG388 | 壊れた家屋の下敷きになった人、子どもを抱いて死亡している母親、やけどした手を前に出して避難する人。 | 北升 喜蔵(キタマス キゾウ) | 1945/8/6 | 水主町 |
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NG389 | 大きな音がした方角を見ると白い玉が浮いていた。玉はしだいに大きくなり美しいハスのような雲になった。 | 岩並 武治(イワナミ タケハル) | 1945/8/6 | 豊田郡竹仁村上竹仁 |
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NG390 | 草刈り作業中、閃光を見て急いで寮に帰る。先生の指示で全壊した寮から友人の遺体を運び出す。 | 今田 則登(イマダ ノリト) | 1945/8/6 | 安芸郡奥海田村の学校林~皆実町一丁目の寮 |
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NG391-01 | 被爆前の自宅 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1928~1945/8 | 鉄砲町の自宅 |
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NG391-02 | 家の下敷きになった両親を救出する。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 鉄砲町の自宅 |
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NG391-03 | 姉を捜しに行こうとしたが避難する人々で道はあふれ遠くではすでに火災が発生してできなかった。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 鉄砲町の自宅前 |
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NG391-04 | 避難する人はみな白島方面に向かっていた。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 鉄砲町 |
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NG391-05 | 縮景園前の防火用水槽には多くの人々がむらがって顔や手を洗っていた。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 縮景園前の白島線電車通り |
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NG391-06 | 川州に乗り上げた舟を漕ぎ出そうとする人。川で傷口や顔を洗う人、水を求めてそのまま亡くなる人。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 神田橋 |
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NG391-07 | 橋の両岸とも火災が発生しやむをえず川の砂浜で過ごした。姉がいないかと捜したが見当たらなかった。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 神田橋西詰め |
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NG391-08 | 小学校の同級生が軍服を着て足早に歩いていたが声をかけても興奮していて見向きもしてくれなかった。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 白島九軒町の土手筋 |
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NG391-09 | 焼けゆく我が家を見つめる母と子の姿。負傷した子供を抱く母の姿が印象的だった。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | |
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NG391-10 | 水を求めて砂浜に集まる人々。 | 前田 修治(マエダ シュウジ) | 1945/8/6 | 京橋川、白島九軒町付近(と思われる) |
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NG392-01 | 練兵場の一角では横長の穴を掘り死体を火葬していた。夜になってもそこだけ野火のように見えた。 | 梶矢 文昭(カジヤ フミアキ) | 1945/8/7~8/8頃 | 東練兵場 |
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NG392-02 | 川土手に出ると川には多くの死体が流れ、川に向かって人がぞろぞろと下りていった。 | 梶矢 文昭(カジヤ フミアキ) | 1945/8/6 | 饒津神社 |
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NG393 | 病院に行こうとする途中全身やけどで男女の区別もつかない人々が無言で逃げて来るのに出合う。 | 平田 照昌(ヒラタ テルマサ) | 1945/8/6 | 牛田町 |
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NG394 | 2歳くらいの子どもとその母親らしい女性の死体。母は手を前に伸ばし子どもに近づこうとしていた。 | 香口 真作(コウグチ シンサク) | 1945/8/7 | 白神社 |