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トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)"

原爆の絵

種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)" で 1411 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
261 NG069-05 福屋まで来た時玄関から負傷した虫の息の人たちが見え気の毒だった。横には死んだ馬が山になっていた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/10 福屋付近
262 NG069-06 牛田方面の川原に夕食を食べに行く。川原ではいたるところで火葬をした跡があり、川には骨が流れていた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 牛田方面の川原
263 NG069-07 川の中にたくさんの白骨が沈んでいた。爆心地の近くでは、水を求めて川に身を投じたのだと思う。 田島 武雄(タジマ タケオ)
264 NG069-08 熱線が人々の肌に深く焼きついてほとんど全裸の姿だった。女生徒はお母さんと叫び続けていた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 駅前、福屋通り
265 NG069-09 広島県産業奨励館付近。半死半生の人やすでに亡くなっている人でいっぱいだった。 田島 武雄(タジマ タケオ) 広島県産業奨励館
266 NG069-10 目が見えなくなり方角もわからず水を求めて川に入り力つきたのだろうか。川の中は何十人もの人だった。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/6
267 NG069-11 建物の下敷きになった人を助け出す兵士たち。救援隊の中にも放射線の影響で倒れたり亡くなる人が出た。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/9
268 NG069-12 生臭い風と布団のくすぶるようなにおいがした。広島駅のプラットホームの上の鉄橋がくずれていた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/9 広島駅
269 NG069-13 東練兵場の山手よりの東照宮下の石灯籠の所で各小隊ごとに二泊三日を過ごし石段で寝起きをする。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/10~8/12 東照宮
270 NG069-14 大きなごうに木材をしきつめ死体がその上に並べてあった。腐乱がひどく腹部はふくらんでいた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 東練兵場
271 NG069-15 連隊より解散命令が出たので列車で故郷に帰る。列車からは農家で被災者を看病する様子が多く見られた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/13
272 NG070 大八車に積み込んだむすびを負傷者に配る。みな食欲がなく、ただ水を求めるのみだった。 賀川 博(カガワ ヒロシ) 1945/8/6 中国軍管区輜重兵補充隊中庭
273 NG071-01 会社の寮にいた時ものすごいせん光が走り爆風で建具がみな吹き飛んだ。隣りの鋳物工場の爆発かと思った。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/6 日本製鋼所広島製作所の寮
274 NG071-02 近くの山に登って高い所から広島の様子を見る。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/6 船越の近くの山の上
275 NG071-03 山陽本線の陸橋の所で初めて死体を見る。女性で戸板が乗せてあった。片腕から骨が出ていた。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 山陽本線の陸橋
276 NG071-04 京橋川にたくさんの死体が浮いていた。女性は上向き、男性は下向きだった。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 京橋川
277 NG071-05 鞍の部分をのぞいて全身火傷した馬。白木の箱に入れた遺骨を首から下げて行く人。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 広島逓信局前
278 NG071-06 爆風で倒れた広島城。熱線で焼けたお堀のハス。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 広島城
279 NG071-07 爆風で倒れた松。竹ぼうきのようになっていた。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 縮景園
280 NG071-08 全焼した電車が中国新聞社前に止まっていた。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 中国新聞社前

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