キーワード "ハエとウジ" で 112 件検索されました。
一覧表の項目欄をクリックすると、並び替えが可能です。背景が異なっている項目が現在並び替えの基準となっています。
検索結果の表示件数
| No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ![]() |
GE01-40 | 焼けトタンのバラックに娘さんはウジをわかせて寝ていた | 宮地 臣子(ミヤジ トミコ) | 1945/9/3 | 中広町 |
| 2 | ![]() |
GE01-50 | 背中に大やけどを負ってウジがわき高熱に苦しむ叔父 | 石橋 新子(イシバシ シンコ)、中桐 春美(ナカギリ ハルミ) | 牛田町の自宅 | |
| 3 | ![]() |
GE02-48 | 火傷を負い炎天下の中、ウジを体内から湧かせて柱にもたれている男性 | 小笠原 春子(オガサワラ ハルコ) | 1945/8/10 | 佐伯郡五日市町楽々園応救所 |
| 4 | ![]() |
GE03-50 | 台風後のバラックの生活、裏では死者を火葬する | 小笠原 春子(オガサワラ ハルコ) | 1945/9/中旬 | 舟入仲町 |
| 5 | ![]() |
GE04-48 | ウジが発生してくるので蚊帳を日中吊して看護する、枕元には肉親の骨箱がおいてある | 田中 武彦(タナカ タケヒコ) | 1945/8/12、8/13頃 | 船越町の被爆者収容所 |
| 6 | ![]() |
GE04-49 | 電車レールの上にねかされた負傷者に数万匹のハエがおそいかかる | 徳本 トシミ(トクモト トシミ) | 1945/8/8 | 江波線の電車通り |
| 7 | ![]() |
GE05-41 | 火傷にウジがわき苦しむ弟 | 紺田 ヨ子(コンダ ヨネ) | 中広町の自宅 | |
| 8 | ![]() |
GE05-49 | 軍馬、兵隊の死体から湧いたハエの大群 | 下田 久雄(シモダ ヒサオ) | 1945/8/10以降 | 広島第二陸軍病院付近 |
| 9 | ![]() |
GE05-50 | 体の傷より発生した白いウジをピンセットで取る | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 1945/8/7 | 廿日市国民学校 |
| 10 | ![]() |
GE06-47 | 重傷で歩く男の子、頭と胸にけがをしウジをわかせたまま歩く少年、髪の毛がぬけて布を巻いている婦人 | 柴崎 アヤ子(シバザキ アヤコ) | 1945/8/16頃 | 三篠町 |
| 11 | ![]() |
GE07-15 | 救護所内の負傷者たち | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 1945/8/7 | 廿日市国民学校 |
| 12 | ![]() |
GE07-21 | 救護所内の手当の風景 | 嘉戸 多恵子(カド タエコ) | 1945/8/6 | 廿日市国民学校構堂 |
| 13 | ![]() |
GE07-49 | 背中の火傷にウジがわき、お尻にできた床ずれから骨がみえる友人 | 廣川 越子(ヒロカワ エツコ) | 1945/8/20頃 | 牛田町 |
| 14 | ![]() |
GE09-49 | 火傷にキュウリをすりおろして塗る。体中にウジがわいている。 | 小野 勝(オノ マサル) | 1945/8/9か、8/10 | 牛田町 |
| 15 | ![]() |
GE10-39 | 頭の後で帽子から外に出ていて熱線が当った所は、頭髪はなくなり火傷の跡にウジ虫が動く | 松室 一雄(マツムロ カズオ) | ||
| 16 | ![]() |
GE10-42 | 背中にハエがたかった人々、防火用水槽の死人、日没後、水を求めてさまよい出てくる被爆者 | 吉野 豊子(ヨシノ トヨコ) | 1945/8/8~8/10 | 土橋、塚本町、皆実町 |
| 17 | ![]() |
GE10-48 | 背中にガラス片のささった兵隊、皮膚がたれさがり目の見えなくなった少女、背中にウジがわく作者 | 西谷 辰雄(ニシタニ タツオ) | 1945/8/6、8/12、8/13頃 | |
| 18 | ![]() |
GE11-11 | 傷が化膿し、ウジの出てきた母とすがる子供。あたりには大量のハエが飛んでいる | 市田 融慈(イチダ ユウジ) | 1945/8/17 | 三川町 |
| 19 | ![]() |
GE11-23 | やけどをした患者を手当てする医師と運動場での火葬 | 田村 孝子(タムラ タカコ) | 1945/8/13 | 大河国民学校 |
| 20 | ![]() |
GE11-42 | やけどの治療のため、油を塗る負傷兵達 | 西谷 辰雄(ニシタニ タツオ) | 牛田水源地の警備所 |