トップページ写真広島市役所の南側に設けられた戦闘司令所から南西に向かって
識別コード | K-PH03788 |
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写真タイトル | 広島市役所の南側に設けられた戦闘司令所から南西に向かって |
撮影者(カナ) | 岸田 貢宜(キシダ ミツギ) |
撮影者(英語) | Mitsugi Kishida |
提供者(カナ) | 岸田 哲平(キシダ テッペイ) |
提供者(英語) | Teppei Kishida |
撮影日時 | 1945年8月8~12日 |
撮影場所 | 国泰寺町(国泰寺町一丁目) |
ブロック別 | 5.国泰寺・千田地区 |
爆心地からの距離(m) | 1090 |
説明 | 写真館を営んでいた岸田貢宜(当時29歳)は、戦況悪化で休業、中国軍管区司令部報道班員となった。1945年8月6日は、出張先の吉田町(安芸高田市)から急遽戻り、入市被爆。あまりの惨状にシャッターが切れず、終日負傷者の救護にあたった。翌7日から市内の撮影を開始。しかし、13日頃から体調を崩し、39度の高熱や血便の症状を発症した。 広島市役所庁舎の南側に設けられた戦闘司令所のテントの前にて。戦闘司令所は、8月8日早朝に、救護と治安維持のために設置された(12日まで)。南西に向かって。男性たちの背後に広島赤十字病院が見える。 |