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トップページ原爆の絵大地を揺るがすような音とともにはるか北の空にきのこ雲がモクモクと上がった。

原爆の絵

識別コード NG100-02
絵の内容 大地を揺るがすような音とともにはるか北の空にきのこ雲がモクモクと上がった。
作者名(カナ) 逸見 博志(ヘンミ ヒロシ)
作者名(英語) Hiroshi Henmi
当時の年齢 18歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時 1945/8/6
情景場所 大迫の特殊潜航艇基地
情景場所旧町名 安芸郡倉橋島村
情景場所現町名 呉市倉橋町
爆心地からの距離 32,000m
ブロック別
作者による説明 **別紙
「原爆の絵」係様
私は昭和18年海軍飛行予科練習生として、防府海軍通信学校に入隊、戦争も終わりに近づき、飛行機も少なくなり、特殊潜航艇に搭乗が決まり、呉の南にある、大浦、大さこ両島にあった基地で訓練を続けていました。
「原爆」の2、3日前からグラマン?のきじゅう照射を受けていました。
その日の朝早く、先輩が呉で、負傷して帰ったような記憶があります。そのすぐ後、遥か北の空で、大音響と共に「絵」のようないわゆる[きのこ雲]が、もくもくとあがりました。
広島の方で火薬庫が爆発したのでは・・とのことでした。2、3日して、新型の爆弾が落とされた、と聞きました。その日、白色の服と帽子が全員に配布されました。(閃光を反射して身を守る)と言うことだったのです。
近くの海に、座礁した「日向」(ひゅうが)、駆逐艦?が絵にある様に居りました。
いずれにしましても、50数年たった今アバウトの記憶しかありません。しかし、あの光景を見た人も大分少なくなっていると思われます。油木にも一人居られますが、一年余り入院されています。このことを(この絵を)テレビで見たら、あるいは、思い出して連絡があるのではと、思っています。(大浦、大さこ、に居た元海軍の兵士)
「原爆の」きのこ雲、しかも、ポツダム宣言、敗戦に至った、きのこ雲、記憶はうすれても、確かにこの目で見た事実を、NHKの企画で次代に伝える事ができる・・・
絵は下手でも、なにか心に満足感みたいなものを感じながら・・・・・
元海軍一等飛行兵曹 逸見博志
サイズ(cm) 21×29.6
展示の説明文

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