| 識別コード | GE45-37 |
|---|---|
| 絵の内容 | 説明文 |
| 作者名(カナ) | 石風呂 政子(イシフロ マサコ) |
| 作者名(英語) | ISHIFURO Masako |
| 当時の年齢 | 28歳 |
| 寄贈者名 | |
| 種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
| 情景日時 | 1945/8/7(時刻)10:00頃 |
| 情景場所 | 似島 |
| 情景場所旧町名 | 似島 |
| 情景場所現町名 | 似島町 |
| 爆心地からの距離 | 10,000m |
| ブロック別 | |
| 作者による説明 | **絵の中 石風呂政子 58才 八月七日 午前十時頃 似島にて 朝五時頃より、近所の方(故)と二人で、お互いに家族の者を捜しに江波の収容所に行き、すぐその足で日赤宇品に向って行った。幸い運輸部より似島へ向け始めて舟便があり、わずかな人数で出航する。収容所とは山を越して行かねばならない場所に着く。初めて渡ったので様子がわからずただウロウロ。すでに沢山の被爆者が収容されていた。負傷した兵隊は室内、一般の人は何も敷いてないコンクリートの上にゴロゴロ。きず一つない男性が真裸(何も言えず息もたえだえ)女学生もやけどして「おばさん、お母さん何故来てくれないのでしょう。私、皆実町の方だけど家焼けたのでしょうか」と聞かれ、私は「捜しに来るよ」と返事して、自分の家族の事で頭一杯で何もしてあげられなくて申し訳ないと思う。収容所の桟橋の方を見ると、大きな船で次々死人を運んで来て、我々に見えない様、タンカを肩の高さにして山影へ。ついて行こうとすると「これより立入禁止」と言われ、涙を流して合掌する。 |
| サイズ(cm) | 26×36 |
| 展示の説明文 |