トップページ原爆の絵顔もわからなくなった少女が橋をわたり母に会う
識別コード | GE03-08 |
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絵の内容 | 顔もわからなくなった少女が橋をわたり母に会う |
作者名(カナ) | 西村 八千代(ニシムラ ヤチヨ) |
作者名(英語) | Yachiyo Nishimura |
当時の年齢 | 22歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
情景日時 | 1945/8/6(時刻)13:00頃 |
情景場所 | 高陽町中深川 |
情景場所旧町名 | 高陽町 |
情景場所現町名 | |
爆心地からの距離 | 12,100m |
ブロック別 | |
作者による説明 | **絵の中 八月六日広島市より四里十六km離れた髙陽町中深川に当時疎開していて今も尚脳裡より離れないのは当時女子商に行っていた小夜子さんと云ふ子供さんが気力で深川迄帰へり我が家に帰へる途中迎へに出て来た母とパッタリ私の目の前で会はれました。『お母さん』と云う言葉にあんたが小夜子かと母親は変り果てた我が子の姿にびっくりしてほんとの親でも我が子と分らない様な状態で帰へって来られた。その時の瞬間は正視出来ない様な状態でした。間もなく亡くなられました。 後に續いて帰へられる被爆者は赤いチンキの薬を塗って赤鬼の様な顔をして白い薬の人は眞白に近処の子供達は恐しいので蔭にかくれてそっとのぞいて見ていました。 その日、一日中けが人が次から次へと帰って来られました。 その日一日中雷が鳴っておりました。お天気はいーのに原子爆彈のせいで気象が狂ったのだと思います。 **裏 西村八千代 |
サイズ(cm) | 36×36.5 |
展示の説明文 | 高陽町中深川、変わり果てた我が子を出迎える母親 爆心地から約12.1km 昭和20年8月6日 西村 八千代 |