| 識別コード | SG-0790 |
|---|---|
| 絵の内容 | 戦後の物資の輸送 |
| 作者名(カナ) | 尾崎 稔(オザキ ミノル) |
| 作者名(英語) | Minoru Ozaki |
| 当時の年齢 | 13歳 |
| 寄贈者名 | 尾崎 稔 |
| 種別 | 新市民が描いた原爆の絵(その他) |
| 情景日時 | 1946年頃(時刻)早朝~8時頃 |
| 情景場所 | 八丁堀、本通 |
| 情景場所旧町名 | |
| 情景場所現町名 | |
| 爆心地からの距離 | |
| ブロック別 | |
| 作者による説明 | 戦後の物資の輸送(馬車の大活躍) 原爆で多くの輸送物資は無くなり、考えられたのが広島東部で生存している馬の利用だった。 1 広島駅一番ホーム(現駅前郵便局あたりに”手個荷物置場が出来、ここから市内本通りなどに全国から届いている商品雑貨を配送する事にした。本通り等は道路使時間があり、早朝から8時頃までキビシイ状況だった。 手個荷物出庫。鉄道員 2 中国新聞用巻取紙は広島貨物駅(荒神町)より運搬した電車の発車前の1-2時間を利用して当時若者が馬を進めていた。 新聞用丸太紙出庫 馬子は陸軍野砲兵時代馬の扱い方を実習した人が多かった。 本通りに商品が入り少しづつ経済活動が前に進み始めた。 新聞の発行も続いた。 これらは広島復興を夢みた当時の若者達の心だった。後に元5師団広島野砲隊中隊長の大佐を専務として迎え組織向上を図った。 平成6年7月 尾崎稔 92才 |
| サイズ(cm) | 27×38 |
| 展示の説明文 |