| 識別コード | SG-0780 |
|---|---|
| 絵の内容 | 広島の川の想い出 工兵隊の船 |
| 作者名(カナ) | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) |
| 作者名(英語) | Seigo Nishioka |
| 当時の年齢 | 13歳 |
| 寄贈者名 | 西岡 誠吾 |
| 種別 | 新市民が描いた原爆の絵(その他) |
| 情景日時 | 1942年初夏 |
| 情景場所 | 常盤橋 河原 |
| 情景場所旧町名 | |
| 情景場所現町名 | |
| 爆心地からの距離 | 1550 |
| ブロック別 | 基町・白島地区 |
| 作者による説明 | *絵中 工兵隊の船 1942年初夏、小学校5年生。学校で予科練(海軍飛行予科練習生)の映画が上映されました。それを見た男子児童は予科練に憧れ、放課後は校庭で「前方宙返り」の練習が始まりました。なかなか上手くできません。 私は一人で密かに練習をして、みんなを驚かせようと思い、常盤橋の河原で練習をしました。3日位でできるようになりました。 河原で練習をしている時、工兵隊の作業船が京橋川で競技をしていました。船には1人の上官と兵士数人が乗っていました。1人の櫓の漕ぎ手は他の船に負けないように一生懸命に漕いでいました。 他の船に負けそうになると、上官は船が左右に揺れるタイミングで水を汲み上げて櫓を漕ぐ兵士に川水を浴びせて喝を入れていました。 競技で1位になれなかったら厳しい仕打ちが待っています。櫓を漕ぐ要領がよく、腕力のある兵士の船はぐんぐん他の船を抜き出ていきます。なんと厳しい軍隊教育だなと思いました。 競技の往復は潮の満ち引きに逆流したコースでした。わざと仕組んだことでしょう。 *別紙 ヒロシマの復興 被爆したヒロシマは焼け野原になりました。今は見事に復興して被爆当時を知る風景は無くなりました。「あの日」から変わらないのは市内を流れる美しい川です。しかし、被爆者はあの「地獄の川」と重なって川面を眺めています。これは一生消えることがないでしょう。 |
| サイズ(cm) | 42×29.7 |
| 展示の説明文 |