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トップページ原爆の絵父の思い出 厚生車

原爆の絵

識別コード SG-0752
絵の内容 父の思い出 厚生車
作者名(カナ) 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ)
作者名(英語) Seigo Nishioka
当時の年齢 13歳
寄贈者名 西岡 誠吾
種別 新市民が描いた原爆の絵(その他)
情景日時
情景場所
情景場所旧町名
情景場所現町名
爆心地からの距離
ブロック別
作者による説明 *絵中
3 厚生車
トラックを手放した父は、リヤカーを購入して荷台に1人用座席の幌を取り付けました。当時「厚生車」と言われていました。
お客さんは幌の中で暑さ寒さの我慢を強いられ、乗り心地の悪い自転車タクシーでした。
動力源は人力です。父は雨にも風にも負けず頑張っていました。特に登坂は大変でした。
最初は珍しさと長年のお付き合いで利用するお客さんがいました。しかし、戦局の厳しさが増し、食料や物資が乏しくなり「厚生車」はタクシー並みに見られ「贅沢は敵だ」のスローガンに煽られ、お客さんが遠のいて行きました。
最後に残ったお客さんは松葉杖で歩く女学院の音楽の先生でした。父は我が家の生計を維持するために「厚生車」を廃業することにしました。
その後、音楽の先生は松葉杖を使ってゆっくりと歩きながら女学院へ勤務されていました。父は大変心苦しく思っていました。
弱音を吐かない明治男の父は次の仕事を一生懸命考えていました。
サイズ(cm) 42×29.7
展示の説明文

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