| 識別コード | SG-0715 |
|---|---|
| 絵の内容 | 被爆後を生きる女1 児島さん |
| 作者名(カナ) | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) |
| 作者名(英語) | Seigo Nishioka |
| 当時の年齢 | 13歳 |
| 寄贈者名 | 西岡 誠吾 |
| 種別 | 新市民が描いた原爆の絵(その他) |
| 情景日時 | 被爆前 |
| 情景場所 | 西白島町自宅附近 |
| 情景場所旧町名 | 西白島町 |
| 情景場所現町名 | 東白島町 |
| 爆心地からの距離 | 1400 |
| ブロック別 | 基町・白島地区 |
| 作者による説明 | *絵中 被爆後を生きる女 1児島さん 私は4歳から被爆した中学1年生まで広島市西白島町に住んでいました。 近所の児島さん(仮名)の庭によく遊びに行きました。 夫婦と娘さんの三人家族でした。 おじちゃんは肺病(肺結核)を患っていました。ある日、おじちゃんが窓から外を見ている時の顔を見てびっくりしました。顔は骸骨のように痩せて青白く、大きな目を開けていました。 私は怖くなりました。 私の両親は「児島さんの家には行かないで」と言います。 当然、「行くな」の意味は分かりませんでした。 おばちゃんは、とても優しく笑顔で迎えてくれます。 私は、児島さんの家の中には入りません、いつも庭の戸口から入って庭で遊んでいました。 おばちゃんは、小さな仕事小屋で内職をしていました。 空き缶などをプレス機で打ち抜いて”下駄の前がね”を作っていました。 非常に根気がいる単純作業です。 お姉ちゃんは、明るく優しい女性で近所では評判の良い娘さんでした。私は「お姉ちゃん」と言って慣れ親しくしていました。 貧しい家庭を感じない素晴らしい「お姉ちゃん」でした。 |
| サイズ(cm) | 42×29.7 |
| 展示の説明文 |