トップページ写真本通(旧・播磨屋町)から北方の紙屋町、立町方面を望む
| 識別コード | K-PH03760 |
|---|---|
| 写真タイトル | 本通(旧・播磨屋町)から北方の紙屋町、立町方面を望む |
| 撮影者(カナ) | 岸田 貢宜(キシダ ミツギ) |
| 撮影者(英語) | Mitsugi Kishida |
| 提供者(カナ) | 岸田 哲平(キシダ テッペイ) |
| 提供者(英語) | Teppei Kishida |
| 撮影日時 | 1945年8月7日 |
| 撮影場所 | 播磨屋町(現在の本通) |
| ブロック別 | 2.紙屋町・本通地区 |
| 爆心地からの距離(m) | 450 |
| 説明 | 写真館を営んでいた岸田貢宜(当時29歳)は、戦況悪化で休業、中国軍管区司令部報道班員となった。1945年8月6日は、出張先の吉田町(安芸高田市)から急遽戻り、入市被爆。あまりの惨状にシャッターが切れず、終日負傷者の救護にあたった。翌7日から市内の撮影を開始。しかし、13日頃から体調を崩し、39度の高熱や血便の症状を発症した。 本通(旧・播磨屋町)から北方の紙屋町、立町方面を望む。岸田写真館付近から撮影したもの。倒れている鉄塔やコンクリートの下には死体があり、爆心地から近い広島の商店街であったこの辺りは死臭漂う、もっともひどい惨状であった。写真左下に黒焦げとなった少年らしき遺体が写る。 |