| 識別コード | T0210.7N046 |
|---|---|
| 書名 | 大東亜戦争と被占領時代 : 空前の試練 |
| 巻数 | |
| 版数・刷数 | 第1刷 |
| 叢書名 | 世界に開かれた昭和の戦争記念館 : 歴史パノラマ写真集, 第2巻 |
| 著者 | 「昭和の戦争記念館」刊行会編、名越二荒之助編 |
| 出版者 | 展転社 |
| 出版地 | 東京 |
| 出版国 | 日本(JP) |
| 出版年 | 2001/10/05 |
| 言語区分 | 日本語 jpn |
| 頁数 | 207 |
| 大きさ (cm) | 26 |
| ISBN | 4-88656-202-7 |
| 目次 | グラビア 大東亜戦争は国史の総動員神武創業の甦り I 国難に甦る「元冠」神風特別攻撃隊 II 最も鮮烈に甦った楠公父子の生き方 IV 日ソ捕虜の扱い人道主義の比較 VI 独立に貢献した日本の役割 VIII ガイドライン 大東亜戦争をめぐる栄光と悲惨と屈辱、そして底に潜む民族の地熱 9 グラビア解説 14 第一部 日本民族のクライマックス 大東亜戦争を考える三つの前提 総括のための羅生門史観(一)クロサワ映画とチャーチル16 総括のための羅生門史観(二)どの国家にも「正義」はある17 時代により変遷する評価(一)国家と民族「万事寒翁が馬」17 時代により変遷する評価(二)スターリンと毛沢東の明暗18 時代により変遷する評価(三)日米国の栄光も永遠ではない19 時代により変遷する評価(四)ヒトラー・ドイツの「誤算」19 時代により変遷する評価(五)抹殺された大東亜戦争の光20 疎かにできない歴史呼称(一)存在しなかった「日中戦争」21 疎かにできない歴史呼称(二)ソの大祖国防衛「侵略」戦争21 疎かにできない歴史呼称(三)史上三つある「太平洋戦争」22 疎かにできない歴史呼称(四)不当な「神道指令」への反論24 外国教科書が教える「日本はなぜ戦ったか」 欧米の植民地支配を物語る第一次大戦以前の歴史地図25 太平洋をはさんで登場した二つの新興強国米国と日本26 英国の教科書が記述する(一)なぜ真珠湾奇襲は起きたか28 英国の教科書が記述する(二)真珠湾攻撃の「成功と失敗」29 開戦に至る日米間のドラマ 米国に追い詰められた日本交渉 水面下で包囲網狭まる30 譲歩する弱腰外交を非難し開戦を促す帝国議会と輿論32 米国輿論と対日外交を操るルーズベルト大統領の凄腕33 ハル・ノートを通告させた蒋介石とチャーチルの思惑35 戦争へ誘うための最終通告「ハル・ノート」の無理難題35 戦わざる亡国は永久の亡国 永野軍令部総長の開戦決意36 詔書に始まり詔書で終った戦争 開戦に至る全てを集約した「宣戦の詔書」は第一級史料38 当代の碩学が説く詔書の心 朝日新聞刊「宣戦大詔謹解」40 敗戦を整然と克服し再起へ「終戦の詔書」は戦後の原点41 開戦そして赫々たる戦果 開戦のニュースが喚起した日本史上空前の民族的昂奮43 太平洋全域で大作戦を敢行 米英蘭軍相手に破竹の進撃45 戦争目標は植民勢力の撃攘「アジア新秩序宣言」で明言46 代表的文学者たちが描いた国民にとっての十二月八日48 米国籍黒人から見た日本(一)日露戦争に始まる親日感情51 米国籍黒人から見た日本(二)日米戦争は人種戦争と認識52 各人各様の「真珠湾奇襲」(一)感謝する米国人フォックス53 各人各様の「真珠湾奇襲」(二)歓喜した英国人チャーチル53 各人各様の「真珠湾奇襲」(三)北叟笑むソ連人スターリン53 各入各様の「真珠湾奇襲」(四)慨嘆した独逸人ハック博士54 日本は敗れアジアは独立と予言したK・K・力ワカミ54 世界史を転換させたシンガポール陥落 ナチスと日本軍そして秀吉 電撃作戦の比較と歴史教訓56 山下将軍とパーシバル会談 「イエスかノーか」の真相は57 倫理性を徹底した山下軍団 虐殺はなかった「掃討作戦」58 「神威遥か南冥の空に及ぶ」 昭南神社に異教徒らも参拝59 二月十五日を記念日とするシンガポール人の歴史認識60 百年後そして干年後に甦る大東亜戦争の「神話と遺産」61 第二部 ソ連侵攻による民族の末路体験 ソ連軍に襲われた満洲の悲惨と苦難 スターリンが歴史的裏切り 日本敗戦必至と見極め参戦65 ソ連軍が不法にも一斉侵攻 迎え撃つ関東軍将兵の勇戦67 日本の降伏と満洲国の崩壊 溥儀と高官をソ連軍が拘束70 満洲開拓団と義勇軍の悲劇 九万名がソ連軍らの犠牲に72 邦人四万を救った響兵団(一)ソ連侵攻を前に奇跡の脱出75 邦入四万を救った響兵団(二)圧倒するソ蒙軍相手に奮戦75 邦人四万を救った響兵団(三)敗戦知り根本司令官の決断77 邦人四万を救った響兵団(四)司令部が引揚げ作戦を断行78 邦人四万を救った響兵団(五)帰還者が感謝する軍の献身79 精鋭候補生隊東満に散る(一)関東軍「石頭予備士官学校」82 精鋭候補生隊東満に散る(二)教育半ばにして前線に出動82 精鋭候補生隊東満に散る(三)二百両の戦車団に肉弾攻撃83 精鋭候補生隊東満に散る(四)海行かば斉唱し最後の突撃85 精鋭候補生隊東満に散る(五)「岸壁の母」後日譚と石頭会86 ソ連軍が民間邦入を大殺戮 恨みは尽きじ葛根廟の惨劇87 無防備の日本女性を守った安東(満洲)の烈女お町さん90 樺太と千島を狙ったスターリンの野望 樺太・干島ヘソ連軍侵攻(一)敵の攻撃を前に停戦命令が92 樺太・干島ヘソ連軍侵攻(二)壮絶な自衛戦闘の後に降伏94 樺太・千島ヘソ連軍侵攻(三)日本領ヘスターリンの野望97 樺太・千島ヘソ連軍侵攻(四)北方領土の正当な所有権は99 ソ連は満洲で何をしたのか 日本の人的犠牲と物的被害100 百六十万邦人が帰国の途に 苦難の引揚げと行方不明も102 ソ連将兵の非道を証明する 帰還女性の堕胎と水子地蔵104 第三部 世界が驚いた整然たる和平 停戦と降伏をめぐる現地軍のドラマ 寺内南方軍の停戦と降伏(一)対米英蘭開戦に備えて設立106 寺内南方軍の停戦と降伏(二)聖戦完遂を具申するも終戦107 寺内南方軍の停戦と降伏(三)マウントバッテンの騎士道108 寺内南方軍の停戦と降伏(四)敵も称えた精強と規律厳正110 寺内南方軍の停戦と降伏(五)敗軍の将となった寺内の死111 支那派遣軍の停戦と降伏(一)中国軍人がみせた東洋道義112 支那派遣軍の停戦と降伏(二)中国軍が南京と上海へ入城112 支那派遣軍の停戦と降伏(三)後世に遺す三つの歴史教訓114 蒋介石総統と岡村司令官(一)「旧悪を思わず」と蒋が演説115 蒋介石総統と岡村司令官(二)東亜復興へ向け岡村の決断116 蒋介石総統と岡村司令官(三)承詔必謹で整然と武装解除117 「日本の朋友」湯恩伯将軍(一)日本陸士に学んだ中国軍人119 「日本の朋友」湯恩伯将軍(二)上海凱旋で示した武士の情120 「日本の朋友」湯恩伯将軍(三)三勇士像と上海神社を護る121 「日本の朋友」湯恩伯将軍(四)日本の医学に身を委ね客死121 帝国軍人の八月十五日 阿南陸軍大臣の承詔必謹(一)徹底抗戦を呼号する軍人達123 阿南陸軍大臣の承詔必謹(二)御聖断下る慟哭の御前会議123 阿南陸軍大臣の承詔必謹(三)抗戦派を鎮めた壮烈な自決124 徹底抗戦から一億相哭の秋 新聞が報じた「国民の敗戦」126 ドイツ人の観た日本の敗戦 「敗れた日本を一層尊敬」と127 終戦秘話「宮城事件の一日」 戦争継続に賭ける軍人たち128 田中静壱大将の終戦処理(一)血気の騒擾を鎮める司令官130 田中静壱大将の終戦処理(二)職責を全うして覚悟の自決130 自決による日本への留魂 祖国日本の真姿顕現を祈りおよそ六百人が殉国の自決134 愛宕山に散った尊攘義軍(一)徹底抗戦のため要人襲撃も134 愛宕山に散った尊懐義軍(二)山上に集結し覚悟の籠城へ135 愛宕山に散った尊攘義軍(三)壮絶な爆死と妻たちの殉死136 皇居前の明朗会十二烈士(一)日本郵船社内で「倫理争議」138 皇居前の明朗会十二烈士(二)信念で東條幕府を鋭く批判139 皇居前の明朗会十二烈士(三)大楠公像の傍らで集団自決139 コラム 世界に開かれた国史の精髄・楠公父子141 大東塾十四烈士の草奔魂(一)維新者・影山正治と大東塾142 大東塾十四烈士の草奔魂(二)敗戦に際し淡々と死を選ぶ142 大東塾十四烈士の草奔魂(三)無窮に皇城を守らんと遺書143 大東塾十四烈士の草奔魂(四)祈りをこめて粛々と割腹死144 コラム 世界が理解する切腹と武士道146 第四部 シベリア抑留秘史 ソ連全土に及ぶ六十万の大移動 ポ宣言に基づく帰国と騙し日本将兵をシベリアに連行148 新しい革命軍の誕生 抑留史のタブー「民主運動」 収容所に生れた人民革命軍151 捕虜の身で生産競争に全力 指令「ヤポンスキーに続け」153 スターリン大元帥への感謝署名運動 シベリア民主運動の総決算 前代未聞の「強制労働感謝」154 ソ連抑留のサムライたち 祖国日本の真姿回復を念じ収容所で自死した上村中将156 極東軍事裁判のソ連側証人草場中将は開廷を前に自決157 昂然たるドイツ人捕虜達(一)ラーゲルで聴く第九交響曲158 昂然たるドイツ人捕虜達(二)「民主運動」日独民族の比較158 敗れても軍人の矜持失わず「極反動・草地一派」の抵抗161 「反動」の烙印に狂人を演じ帰国後は反共運動の中田氏162 ソ連批判から一転して偽装 民主委員長を演じた松本氏164 ソ連抑留の総括 ロシアは日本人抑留者達の労働と作業成果に感謝せよ165 ソ連の侵略と暴虐行為こそ裁判にかけて断罪すべきだ165 ソ連演出の実験劇場だったシベリア民主運動の悲喜劇166 イデオロギーを武器にして敵を味方にするしたたかさ167 プリンス近衛のソ連抑留(一)帰国を目前にして急死の謎168 プリンス近衛のソ連抑留(二)「苦難に堪えて」を獄中作曲169 ロシアに要求すべき十カ条アルハンゲリスキーの勧め170 第五部 「格子なき牢獄」からの解放 主権喪失期の民族体験 ソ連抑留とアメリカの占領172 「格子なき牢獄」図173 格子なき牢獄に追い込まれた日本 敗戦で試される国家と民族 日独はいかに対処したのか174 海外の邦人特派員が伝える世界から見た「日本の敗戦」175 「敗戦の責任は国民斉しく」 内証を回避した東久遍内閣176 精神的武装解除をめざす日本改造 「精神的武装解除」を目的に日本改造を促す四つの圧力178 占領政策もまた「実験劇場」 上からのマッカーサー革命178 歴史の抹殺「墨塗り教科書」「公職追放」と教育使節団も180 戦後日本の建国者だった? マッカーサー革命の「功罪」182 占領下にも燃えていた民族の地熱 極東国際軍事裁判の攻防(一)却下未提出弁護側資料とは183 極東国際軍事裁判の攻防(二)清瀬一郎弁護人の冒頭陳述183 極東国際軍事裁判の攻防(三)「八紘一宇」と「皇道」の勝利184 極東国際軍事裁判の攻防(四)東條とキーナンの一騎討ち185 昭和天皇と会見し感動したマ元帥が「神の如き帝王」と186 「天皇の人間宣言」ではなく五箇條の御誓文再認確詔書187 不思議なボランティア活動 皇居勤労奉仕は連綿と続く188 全国御巡幸で世界に示した君民一体の日本的民主主義189 占領軍が征服できなかった皇室と日本国民を結ぶ信仰190 極東国際軍事裁判排除宣言への道 勝者が敗者を裁けば復讐と米国タフト上院議員が批判191 日本が米ソ両国を断罪するワシントン・モスクワ裁判192 クラウゼヴィッツの指摘と復讐をまねく戦犯裁判の愚193 戦いが終れば相手をも慰霊 敵を称えるのが日本の伝統194 精神的武装解除からの解放策 『太平洋戦争史』史観を排し新『真相はこうだ』の放送を196 日米相互理解の道を示したローガン弁護人の最終弁論197 解任されたマ司令官の悟り 日本の立場を理解できたか198 逆転『太平洋戦争と占領政策』 歴史のフィルムを逆回転し東風が西風を圧したと想定199 米国は「大米州戦争」を宣戦 日本は「太平洋戦争」に勝利199 戦勝し米国本土に進駐した日本による精神的武装解除200 米国の教育改革徹底のため日本が「教育使節団」を派遣200 対米占領政策の「総仕上げ」 日本製「憲法」を押しつける201 米による占領政策の空しさ 日本の世界政策とは何か201 あとがき-日中韓の共生と「東京裁判排除宣言」202 参考文献一覧 206 「昭和の戦争記念館」刊行会役員 207 写真・資料提供者及び協力者一覧 207 |
| 備考 | 標題紙の著者: 名越二荒之助 編、奥付の著者: 「昭和の戦争記念館」刊行会 編, 名越二荒之助 編集長 |