識別コード | 9304-0007 |
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資料名 | 診断書 |
資料名(英語) | |
寄贈者(カナ) | 奧野 博(オクノ ヒロシ) |
寄贈者(英語) | Hiroshi Okuno |
受入年月日 | 1968/01/11 |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 120×190 |
寸法(その他) | |
被爆地(旧町名) | |
被爆地(現町名) | |
爆心地からの距離(m) | |
数量 | 1 |
内容 | 奥野博さん(当時24歳)は、当時軍事施設として使用されていた爆心地から1340メートルの広島陸軍幼年学校で被爆した。体の右側を窓に向けていたため、窓越しに閃光を浴び、右半身に火傷を負った。校舎は原爆により壊滅し、奥野さんはそこから脱出、火の海となった市街地から郊外の民家へ避難した。その後、火傷、外傷、下痢、脱毛、発熱で戸坂小学校に1週間収容された後、戸坂駅から単独で櫛か浜陸軍病院に入院した。10月22日付けの証明書には、「原子爆弾症」と明記され、壱等症(戦傷)と記載されている。奥野さんはその後も1955(昭和30)年頃から全身の倦怠感を感じるようになり、白血球の減少などの症状が出て、入退院を繰り返した。 |
ブロック別 | |
展示説明文 | |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆関連資料 |