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トップページ被爆資料建築物疎開ノ為轉出・移轉完了届

被爆資料

識別コード 9303-0008
資料名 建築物疎開ノ為轉出・移轉完了届
資料名(英語)
寄贈者(カナ) 山崎 寛治(ヤマサキ カンジ)
寄贈者(英語) YAMASAKI Kanji
受入年月日 2000/04/10
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 180×250
寸法(その他)
被爆地(旧町名)
被爆地(現町名)
爆心地からの距離(m)
数量
内容 寄贈者の叔母の米川喜久代さん(当時36歳)と5人のいとこたちは、7月末に名古屋市から賀茂郡志和堀村(現在の東広島市)に疎開する予定だったが、受入先の都合がつかず、市内の天神町の寄贈者宅に身を寄せてた。8月6日の被爆当時、喜久代さんといとこの満利子さん(当時8歳)、信子さん(当時4歳)、正義さん(当時3歳)の4人は、寄贈者の母山崎トミさん(当時54歳)とともに、寄贈者宅で死亡。残りのいとこのうち、広島女学院高等女学校生徒の綾子さん(当時15歳)は動員先で死亡。県立広島第一中学校生徒の賢太郎さん(当時14歳)も動員先で被爆し、名古屋の自宅に戻ったが、8月20日に死亡した。
ブロック別
展示説明文 寄贈者の叔母の米川喜久代さん(当時36歳)と5人のいとこたちは、7月末に名古屋市から賀茂郡志和堀村(現在の東広島市)に疎開する予定でしたが、受入先の都合がつかず、市内の天神町の寄贈者宅に身を寄せていました。8月6日の被爆当時、喜久代さんといとこ3人は、寄贈者宅で死亡。残りのいとこのうち、広島女学院高等女学校生徒の綾子さん(当時15歳)は動員先で死亡。県立広島第一中学校生徒の賢太郎さん(当時14歳)も動員先で被爆し、名古屋の自宅に戻りましたが、8月20日に死亡しました。
展示説明文(英語)
資料性質 戦中資料

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