識別コード | 7205-0020 |
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資料名 | 体内から取り出されたガラス片 |
資料名(英語) | Surgically removed glass fragment |
寄贈者(カナ) | 畠中 敬恵(ハタナカ ヨシエ) |
寄贈者(英語) | Yoshie Hatanaka |
受入年月日 | 1977/08/08 |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 4×3×2 |
寸法(その他) | |
被爆地(旧町名) | 西大工町 |
被爆地(現町名) | 榎町 |
爆心地からの距離(m) | 800 |
数量 | 1 |
内容 | 妊娠3か月だった畠中敬恵さん(当時25歳)は、建物疎開作業現場で長男(当時1歳)とともに被爆した。黒い雨に打たれながらも必死に逃げた二人の体には、無数のガラス片が突き刺さっていた。その後敬恵さんは、脱毛・吐血などの放射線による急性障害で生死の境をさまよった。長男は被爆後23日目に死亡した。回復した敬恵さんは、1946(昭和21)年に次女百合子さんを出産。胎内被爆小頭症だった。病床で「百合子を残しては死ねない」と言い続けた敬恵さんは、1978(昭和53)年、骨転移癌のため死亡した。このガラス片は、被爆から31年目の1976(昭和51)年6月に、左手の甲より皮膚をつきやぶってでてきたもの。 |
ブロック別 | 十日市・中広地区 |
展示説明文 | |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆資料 |