| 識別コード | 1101-0037 |
|---|---|
| 資料名 | 黒い雨を浴びた金屏風 |
| 資料名(英語) | |
| 寄贈者(カナ) | 増田 理(マスダ オサム)、増田 孝(マスダ タカシ) |
| 寄贈者(英語) | MASUDA Osamu、MASUDA Takashi |
| 受入年月日 | 2022/11/18 |
| 寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 3720×1720×200 |
| 寸法(その他) | 箱:1770×670×280 |
| 被爆地(旧町名) | 古田町 |
| 被爆地(現町名) | 高須 |
| 爆心地からの距離(m) | 3600 |
| 数量 | 2 |
| 内容 | 六曲一双のもの。そのうち一隻ははっきりと表面に黒い雨の痕が残っている。もう一隻もわずかに黒い雨と思われる痕跡が確認できる。 寄贈者の曾祖父・増田亀三さんが、1935年(昭和10年)頃に購入したもの。被爆時、屏風は古田町古江の自宅の20畳ほどの部屋に出してあった。爆風で屋根は吹き飛び、その後降った黒い雨が屏風にあたり痕が残った。 増田家では祖父・清さん(当時39歳)、祖母・キヨメさん(当時31歳)、叔父・義典さん(当時1歳)が自宅で被爆。大きなけがはなかったものの、ガラス片が飛び散り戦後も床柱にはガラス片が突き刺さったまま残っていた。また、家の内部の壁にも黒い雨があたり痕が残っていた。 父・一清さん(当時11歳)は通っていた古田国民学校で被爆。黒い雨を浴び、学校から自宅へ帰る途中、市内中心部から避難してきたやけどで皮ふが垂れ下がった人々を見た。 母・竹子さん(当時8歳)も一清と同じ古田国民学校で被爆し、黒い雨を浴びた。 |
| ブロック別 | 己斐・草津地区 |
| 展示説明文 | |
| 展示説明文(英語) | |
| 資料性質 | 被爆資料 |