識別コード | 1209-0032 |
---|---|
資料名 | 福禄寿の置物 |
資料名(英語) | |
寄贈者(カナ) | 松井 忠介(マツイ タダスケ) |
寄贈者(英語) | Tadasuke Matsui |
受入年月日 | 1970/06/08 |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | |
寸法(その他) | 150φ×280 |
被爆地(旧町名) | 横川町二丁目 |
被爆地(現町名) | 横川町二丁目 |
爆心地からの距離(m) | 1450 |
数量 | 1 |
内容 | 寄贈者松井忠介さん(当時9歳)の祖母松井文子さんは横川二丁目の自宅で被爆し、全壊した自宅からなんとか抜け出して三滝へ向かった。父學(さとる)さん(当時37歳)は土橋方面へ勤労奉仕に行く途中、姉の倫子さん(広島女子商業学校1年生)は学徒動員で鶴見橋付近の建物疎開作業中被爆したと思われる。忠介さんらと山口に疎開していた母トシメさん(当時36歳)は、被爆後乳飲み子だった三女をつれなんとか入市し、再会できた文子さんと共に、来る日も来る日も學さんと倫子さんを捜したが遺体すら発見できなかった。この置物は、自宅焼け跡を整理中にみつけたもの。 |
ブロック別 | 三篠・祇園地区 |
展示説明文 | 父親の松井學さん(当時37歳)は勤労奉仕に行く途中、広島女子商業学校1年生の姉の倫子さんは動員学徒として建物疎開作業中にそれぞれ被爆したと思われます。疎開先にいたため無事だった母親のトシメさん(当時36歳)と、倒壊した自宅からなんとか抜け出した祖母の文子さんが、来る日も来る日も二人を捜しまわりましたが、遺体すら発見することはできませんでした。自宅床の間に置いてあったこの置物は、奇しくも完全な形で残っており、焼け跡を整理中に見つけました。 |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆資料 |