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トップページ原爆の絵地図 "基町・白島地区"

原爆の絵

地図 "基町・白島地区" で 446 件検索されました。

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検索結果の表示件数

No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
301 GE27-17 点呼時に被爆し倒れた兵隊達 山田 一(ヤマダ ハジメ) 1945/8/7 西練兵場
302 GE29-42 広島城被爆の様子 仲井 仙之助(ナカイ センノスケ) 1945/8/7 広島城
303 GE30-24 紙屋町電停より見た遺体の山 衣笠 正幸(キヌガサ マサユキ) 1945/8/7 西練兵場
304 GE31-09 焼焦げた木の下の女性と子供の死体 坂本 貫治(サカモト カンジ) 1945/8/7 中国軍管区歩兵第一補充隊営門前
305 GE31-24 自転車に乗ったまま死んでいる男の人 吉本 春人(ヨシモト ハルト) 1945/8/7 三篠橋
306 GE31-50 全身焼けただれ横腹に穴があき血を流しながら佇んでいた馬 伊藤 小糸(イトウ コイト) 1945/8/7 三篠橋
307 GE33-25 桜の木にもたれて座禅をしているような姿のままで死んでいる兵隊、名前を書いた板がおいてあった。 安藤 一浪(アンドウ カズナミ) 1945/8/7 工兵橋東100m太田川堤桜並木
308 GE33-36 直立不動の形のまま仰向けに倒れていた将校 室積 淑美(ムロズミ ヒデミ) 1945/8/7 京口門
309 GE34-38 土台だけ残った広島城天守閣 谷 豪雄(タニ トシオ) 1945/8/7 広島城、広島護国神社
310 GE41-30 全身やけどした軍馬が集まっていた。痛そうだった。 秋山 和男(アキヤマ カズオ) 1945/8/7 西練兵場
311 GE41-35 防空ごう内に避難してきた被爆者。すでに死んでいる人もいた。 秋山 和男(アキヤマ カズオ) 1945/8/7 西練兵場の防空壕
312 GE42-37 病院の残骸整理をする兵士たち 高原 良雄(タカハラ ヨシオ) 1945/8/7 第二陸軍病院
313 GE43-10 力つき助けを求める人々、川の水を飲み死んでいった人々 塚本 俊一(ツカモト シュンイチ) 1945/8/7 常葉橋付近
314 NG040-01 米軍機搭乗員2名が腰かけていた。堀の中には軍馬の死体。 貞森 幹夫(サダモリ ミキオ) 1945/8/7 中国軍管区司令部
315 NG040-03 練兵場で作業中に被爆した兵士たち。大やけどを負い、身体には、帯革と靴のみが残っている。 貞森 幹夫(サダモリ ミキオ) 1945/8/7 西練兵場
316 NG102 水面に二重、三重にも折り重なり数え切れないほどの死体が浮いていた。 沖川 義雄(オキカワ ヨシオ) 1945/8/7 三篠橋東詰
317 NG210-01 護国神社の大鳥居の下の黒焦げの死体。 中津 久子(ナカツ ヒサコ) 1945/8/7 広島護国神社
318 NG288-02 一人の兵士が「班長殿、水を下さい。」としきりに叫ぶ。その後方には後ろ手に縛られた外国人がいた。 森 孝人(モリ タカト)、森 蓮枝(モリ ハスエ) 1945/8/7 広島城入口付近
319 NG314-26 米軍機が来たので防空ごうにかくれた。中には5、6人いて無傷のようだったがみな死んでいた。 細井 竹一(ホソイ タケイチ) 1945/8/7 八丁堀
320 NG315-06 倒壊した家屋の瓦礫の中から老夫婦を発見する。即死状態で助け出すことができなかった。 堀 幸隆(ホリ ユキタカ) 1945/8/7 白島東中町~白島九軒町

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