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トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)"

原爆の絵

種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)" で 1988 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
581 GE12-11 国民学校の校庭に全校児童の整列したままの死体 世良 戸城(セラ トジョウ) 1945/8/6 大手町国民学校
582 GE12-12 原爆さく裂直後、狂った5,6頭の牛が突進してきた 森本 範雄(モリモト ノリオ) 1945/8/6 広島赤十字病院前
583 GE12-13 皮膚が下がり、髪の毛が逆立った人々が広島陸軍共済病院の方に行く 繁森 アサ(シゲモリ アサ) 1945/8/6 翠町
584 GE12-17 海田市駅目ざして歩く被災者の列。広島の空は赤く染まっていた 佐藤 祝子(サトウ ノリコ) 1945/8/6 海田市の近く
585 GE12-24 助けを求める負傷者たち 佐伯 敏子(サイキ トシコ ) 1945/8/6 土橋付近
586 GE12-27 暁部隊が被災者の救護活動をするようす、負傷者を運び姓名を聞き記録する 中川 謙(ナカガワ ケン) 1945/8/6 堺町の川土手筋
587 GE12-29 建物疎開の跡に焼け出された人が集まり、防空ごうから出してきた米を炊き食べる 石風呂 環(イシフロ タマキ) 1945/8/6 大手町四丁目の電車通り付近
588 GE12-31 治療を受ける被爆者、身体全体に油をぬり真黒になっていた 平田 徳與(ヒラタ トクヨ) 1945/8/6 戸坂国民学校
589 GE12-39 材木町の焼け跡に残る無数の死体 小川 春蔵(オガワ ハルゾウ) 1945/8/6 材木町
590 GE12-40 黒焦げになった母子 井野上 忠夫(イノウエ タダオ) 1945/8/6 広島中央放送局前
591 GE12-44 重傷の母親が傷ついた我子をかかえ逃げる 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/6 牛田町西方の戸坂村に通じる土手
592 GE12-45 救護所となった己斐国民学校へ歩く被災者 佐伯 敏子(サイキ トシコ ) 1945/8/6 己斐国民学校の近く
593 GE12-48 トラックに乗せて被災者を運ぶ 匿名 1945/8/6 海田市より呉に向かう道路上
594 GE12-50 水を求め、川の中に入る被災者 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/6 三篠橋付近
595 GE13-01 川に浮いた無数の死体を舟の兵隊が収容 松室 一雄(マツムロ カズオ) 1945/8/6 鶴見橋附近(京橋川)
596 GE13-02 川中を流れる被爆者 伊藤 悟(イトウ サトル) 1945/8/6 南大橋
597 GE13-03 疎開先の五日市へ行く途中被爆家族のいる広島は火の海で入るに入れない 木原 敏子(キハラ トシコ) 1945/8/6 福島町
598 GE13-04 「あの夜私の見た人魂」夜中浮びあがる人魂 小林 岩吉(コバヤシ イワキチ) 1945/8/6 公会堂建物疎開跡
599 GE13-06 喉が渇き黒い雨を口で受ける女性 高蔵 信子(タカクラ アキコ) 1945/8/6 住友銀行広島支店前
600 GE13-08 負傷者で足の踏み場もない駅構内の様子 吉野 豊子(ヨシノ トヨコ) 1945/8/6 矢賀駅

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