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トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)"

原爆の絵

種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)" で 1988 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
341 GE43-22 ムシロをかぶせ名札が付けてあった死体 匿名 1945/8/10前後 牛田土手
342 GE29-49 真白い全身包帯の人々 十河 敏尚(ソゴウ トシタカ) 1945/8/8 矢賀駅
343 GE37-03 出勤途中西の空が一瞬まぶしく光った 十河 敏尚(ソゴウ トシタカ) 1945/8/6 甲奴郡上下町
344 GE37-48 救護所内での被爆者の叫び 十河 敏尚(ソゴウ トシタカ) 1945/8/8 己斐国民学校
345 GE08-16 川土手の横たわる火傷した人々、広島女子高等師範学校附属山中高等女学校の生徒 千原 雪江(チハラ ユキエ) 1945/8/6 南大橋付近
346 GE02-09 収容された学徒たちを看護する様子、無傷なのに次々と死んでいく 升川 貴志栄(マスカワ キシエ) 1945/8/6~8/9 大内越峠旧紫雲館の広場、軍隊の第一収容所
347 GE13-23 山根町内会は爆風で吹きとばされた「真暗闇がすぎた直後」 升川 貴志栄(マスカワ キシエ) 1945/8/6 比治山橋西詰
348 GE39-06 比治山目指してにげてくる学徒たち 升川 貴志栄(マスカワ キシエ) 1945/8/6 比治山登山口
349 GE10-14 道路上の裸の死者、母親にすがりつく子ども 南 隆治(ミナミ タカハル) 1945/8/8 舟入本町
350 GE11-12 8/8~10の市内各地のようす 南 隆治(ミナミ タカハル) 1945/8/8~8/10 新川場、柳橋、紙屋町、天満川、舟入幸町、福屋
351 GE13-29 女子挺身隊らしき腹わたが飛び出た死体 南 隆治(ミナミ タカハル) 1945/8/10 福屋百貨店裏通用門
352 GE20-12 住吉橋付近いかだの上の死体・川を流れる死体 南野 昭美(ナンノ テルミ) 1945/8/9 住吉橋
353 GE26-41 手術用手袋のように両手、両足は肉と皮が完全にはなれ顔は真黒。建物疎開中に被爆した母親の最後の姿。 南野 昭美(ナンノ テルミ) 1945/8/7 舟入南町の自宅
354 GE27-24 広島陸軍偕行社附属済美学校1年生の息子の遺体を見つける 原 守夫(ハラ モリオ) 1945/8/8 縮景園付近、石材店作業所広場
355 GE05-44 肉親を捜して入市する人におむすびを渡す兵隊、一家全滅で泣き叫ぶ女性、川の中で水を飲みそのまま死んだ人 原 美味(ハラ ヨシミ) 19458/7 住吉橋
356 GE06-37 南大橋から電鉄本社まで、三人の親子連れを励まして歩く 原 美味(ハラ ヨシミ) 1945/8/6 南大橋
357 GE10-45 「生徒を助けて」と頼み自分は担架に乗らずそのまま亡くなった女性教師 原 美味(ハラ ヨシミ) 1945/8/6 南大橋付近
358 GE15-23 負傷者を舟で大竹に運ぶ。看護も十分できず敵機から機関砲撃を受けてもなす術がない 原 美味(ハラ ヨシミ) 金輪島から大竹海兵団へ向かう海上
359 GE18-22 黄土色に濁った水の中に背中が乳白色の魚が何匹も泳いでいた 原 美味(ハラ ヨシミ) 南大橋付近
360 GE21-20 南千田町南大橋付近で建物の下敷きになり、苦しむ人々。対岸救助のため、助けることができない。 原 美味(ハラ ヨシミ) 1945/8/6 南大橋付近

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