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トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)"

原爆の絵

種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)" で 1988 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
321 GE26-05 建物の下敷になった人を助けだそうとする 前迫 シズエ(マエサコ シズエ) 1945/8/6 広瀬
322 GE26-30 収容所の何千という死体、死体を焼く煙 加川 博美(カガワ ハクミ) 1945/8/8 似島検疫所
323 GE39-32 10棟の兵舎にいっぱいの負傷者、死者を焼く黒い煙 加川 博美(カガワ ハクミ) 1945/8/10 似島検疫所
324 GE39-34 収容所の何千という死体 向こうで死体を焼く煙 加川 博美(カガワ ハクミ) 1945/8/8 似島検疫所
325 GE41-47 野原に蚊帳をつっている被爆者、次々と亡くなる人々 加瀬 時夫(カセ トキオ) 1945/8/7 広島駅を出て右へ2kmの神社(総武2769部隊駐屯地)
326 GE41-48 山積みの軍需物資・炭など 加瀬 時夫(カセ トキオ) 1945/8/10 広島駅
327 GE03-16 火傷に苦しみ水を求めて水道に集まる人々 勝田 光子(カツタ ミツコ) 1945/8/6 陸軍船舶通信連隊、船舶通信補充隊(電信隊)
328 GE08-14 顔も体も大きくふくれあがり、群れとなって浮いていた兵隊の死体 勝田 光子(カツタ ミツコ) 1945/8/8 三篠橋付近
329 GE33-23 橋の袂に並んだ死体、上半身だけ黒く焼け残った母子の姿、死体を山と積み重ね焼く光景 勝田 光子(カツタ ミツコ) 1945/8/8 栄橋付近
330 GE27-10 救護所にて 校庭一面に収容された負傷者達、遺体を重ねて焼く 勝田 実(カツタ ミノル) 戸坂国民学校
331 GE38-30 炎の町と人の川岸のたくさんの人、川を流される人 勝田 実(カツタ ミノル)
332 GE45-45 説明 勝田 実(カツタ ミノル) 1945/8/9
333 GE38-35 避難者をのせる汽車 焦げたジャガイモを食べる人々 北橋 ハル子(キタハシ ハルコ) 1945/8/6 中広町
334 GE43-21 首のない死体、大八車の上の死体 北野 ヨシコ(キタノ ヨシコ) 1945/8/6 広島駅前、府中町
335 GE04-22 血みどろの人をたくさん乗せたトラック 匿名 1945/8/6 海田市~呉
336 GE12-48 トラックに乗せて被災者を運ぶ 匿名 1945/8/6 海田市より呉に向かう道路上
337 GE16-02-1 校庭で朝礼中被爆。生徒や先生は傷ついた身体で三滝橋から山へ逃げる 匿名 1945/8/6~1カ月後 三篠国民学校、三滝橋付近
338 GE16-02-2 被爆直後からその後の避難のようす 匿名 1945/8/6 三篠国民学校、三滝橋付近
339 GE16-02-3 三滝山での避難の様子 匿名 1945/8/6 三滝橋付近から三滝山
340 GE34-47 全身火傷したニ人の中学生、泥だらけの腐りかけたむしろを拾って体にかけ寒さをしのぐ 匿名 1945/8/6 己斐の山

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