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トップページ原爆の絵種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)"

原爆の絵

種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)" で 851 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
141 SG-0663 新聞を見て80年前を思い出す 転校生 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1941年春 白島小学校
142 SG-0662 新聞を見て80年前を思い出す 白島小学校 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 白島小学校
143 SG-0724 ピカにやられた英雄ちゃん4 英雄ちゃんの被爆 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1945/8/6 白島国民学校
144 SG-0676 クツゲタ 1朝礼 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 被爆前 白島国民学校
145 SG-0666 同級生・Tくんの悲鳴 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 白島国民学校
146 SG-0665 新聞を見て80年前を思い出す 防火壁 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 白島国民学校
147 SG-0482 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」私の葬式 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 生口島
148 SG-0287 ほとんど水の出ない壊れた水道から、水を飲もうとする女性と女の子 杉本 信夫(スギモト シノブ) 1945/8/9頃 現在の平和大通り付近
149 SG-0129 原爆が投下された直後の午前九時三十分頃の工兵橋上での惨状 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/6 猿猴川工兵橋
150 SG-0400 終戦翌年に復員し見た風景 永山 春三(ナガヤマ ハルソウ) 1946/8 猿楽町
151 SG-0119 傷ついた我が子を抱いた重傷の母親と重傷の兵隊 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/6 牛田町より西方戸坂村に通じる土手
152 SG-0438 炎をかいくぐり、既に火のついたカバンをやっと一個だけ取り出すことが出来た。カバンの中には先祖の形見の書類が入っていた。一瞬にして燃えたはずの紙が、一緒に入っていた父の防弾チョッキに守られ無事だった。 深町 陸夫(フカマチ リクオ) 1945/8/6 牛田町
153 SG-0261 枯れた稲 壷井 進(ツボイ ススム) 1945/8/7 牛田町
154 SG-0778 広島の川の想い出 遠足 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1941年春 牛田水源地前中州
155 SG-0032 爆心地付近 小尻 勉(コジリ ツトム) 爆心地付近
156 SG-0087 被爆直後多くの傷ついた人達は太田川ぞいに川上へとのたうち苦しみながらのがれ行く 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 爆心地より北方1500m付近(工兵橋)
157 SG-0062 燃える工兵隊、橋の上の負傷者 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/6 爆心地より北方1500m
158 SG-0217 爆心地に立って西方を見る 仲根 鉄郎(ナカネ テツロウ) 爆心地
159 SG-0036 燃料会館 小尻 勉(コジリ ツトム) 燃料会館
160 SG-0637 中島新町の川べり 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945/7 熊野石材置場附近

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