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トップページ原爆の絵種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)"

原爆の絵

種別 "新市民が描いた原爆の絵(その他)" で 847 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
661 SG-0512 広電比治山線路を埋めて逃げ惑う人々 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 鶴見橋付近
662 SG-0513 人通り出来ない鶴見橋、避難場所になる 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 鶴見橋
663 SG-0514 鶴見橋の上にも下にも大勢の負傷者 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 鶴見橋上
664 SG-0515 比治山下に集まる負傷者たち 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 比治山下
665 SG-0516 火がまわってきた鶴見橋。橋の下の橋脚につかまる大勢の負傷者 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 鶴見橋
666 SG-0517 京橋川の川面に沿った家が火災で崩れる 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 京橋川
667 SG-0518 延焼中の崩れた家から子どもの声が届く 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 富士見川を渡った辺り
668 SG-0519 富士見川に吹き飛ばされた人々 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) 1945/8/6 富士見川
669 SG-0772 8月6日、吉田農学校の運動場から見たきのこ雲 藤川 暁(フジカワ ギョウ) 1945/8/6 高田郡𠮷田町
670 SG-0773 8月9日早朝の寺町、横川橋付近(広島県庁に勤務する姉を捜して入市) 藤川 暁(フジカワ ギョウ) 1945/8/9 横川橋付近
671 SG-0158 赤ん坊を抱く女性と夫らしき人物。トラックの被爆者には大量のはえがたかっている 藤田 フジエ(フジタ フジエ)
672 SG-0242 荷台で亡くなった人と、背中に火傷を負って逃げ走る馬 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広瀬橋の手前の道
673 SG-0243 火に追われ川へ落ちる人々。焼け落ちる家。 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 天満川の土堤
674 SG-0244 たくさんの人の遺体 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広島中央電話局西分局前庭右に大きな防火用水槽
675 SG-0245 胸に桟が刺さり苦しむ女性。駆けつけた夫が桟を抜こうと引っ張るたび、「ギャーッ、ギャーッ」。(後半省略) 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広島中央電話局西分局1階通路
676 SG-0246 机の下に倒れていた人を助ける 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/7 広島中央電話局西分局3階事務室
677 SG-0247 やけどの傷に集ってくる大きな蝿を、夜通しうちわで追い続けた 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広島中央電話局西分局1階宿直室
678 SG-0248 まだ生きていた女学生。兵士がトラックで連れ去るのを止めることができず、生涯心の傷として残った。 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広島中央電話局西分局前
679 SG-0249 たくさんの遺体が重ね、焼かれた 藤重 忠子(フジシゲ タダコ) 1945/8/6 広島中央電話局西分局工事宿直室
680 SG-0436 被爆した友は 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) 1945/8/9

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