トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)"
種別 "市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)" で 1407 件検索されました。
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検索結果の表示件数
| No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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NG019-19 | 幟町より上流川 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 幟町より上流川 | |
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NG019-20 | 三和銀行付近 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 三和銀行付近 | |
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NG019-21 | 紙屋町交差点付近 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 紙屋町交差点付近 | |
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NG019-22 | 国泰寺付近(大楠の木) | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 国泰寺付近 | |
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NG019-23 | 中心地付近 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | ||
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NG019-24 | 下村時計店付近 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 下村時計店付近 | |
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NG019-25 | 路面電車の残骸 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | ||
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NG020-01 | B29が飛んできて、落下傘のようなものを落とした。ギラギラと落ちていき、その後ピカリと光った。 | 布野 正夫(フノ マサオ) | 1945/8/6 | 畑賀国民学校 |
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NG020-02 | 大家の娘さんの衣服の切れ端。お母さんが毎日捜しに行ったが、遺体はどこにもなかった。 | 布野 正夫(フノ マサオ) | 日本生命広島支店 | |
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NG020-03 | 原爆投下の瞬間と帰ってこなかった大家の娘さんの衣服の切れ端 | 布野 正夫(フノ マサオ) | 畑賀国民学校、日本生命広島支店 | |
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NG021 | 川一面に浮いた死体、道の両側に並ぶ全身包帯の人たち、その後ろでの火葬 | 林 美佐夫(ハヤシ ミサオ) | 1945/8/6 | |
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NG022 | 相生橋から見た川の中の死体。橋の欄干は吹き飛ばされていた。御幸橋では炊き出しが配られていた。 | 林 忠之(ハヤシ タダユキ) | 1945/8/7 | 相生橋、御幸橋 |
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NG023-01 | 腸は全部飛び出し、口を開け、目をむいて転がっている馬の死体 | 名原 武子(ナバラ タケコ) | 1945/8/7 | 天満町 |
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NG023-02 | こわれた土塀にすがって死んでいる男の人の目と口の中にはウジがぎっしりといて動いていた。 | 名原 武子(ナバラ タケコ) | 1945/8/7 | 天満町 |
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NG023-03 | 背中の竹筒に白い骨をたくさん入れてひとりで歩いている小さな女の子 | 名原 武子(ナバラ タケコ) | 1945/8/7 | 土橋 |
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NG024-01 | 大火傷を負って東練兵場に倒れているたくさんの兵隊 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/6 | 東練兵場 |
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NG024-02 | 看護婦として治療に当たる。「水が飲みたい」「体が痛い」と悲鳴をあげていたその時の声が耳から離れない。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 福屋 | |
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NG024-03 | 爆風により、建具はすべて吹き飛ばされ、病気で亡くなった妹の上にも容赦なく障子が倒れかかっていた。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/6 | |
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NG024-04 | 市内は焼け野原で、路面電車は横転してレールは曲がり、軍馬は腹がパンパンに腫れ上がって倒れていた。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/9 | 横川駅 |
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NG024-05 | 二葉山に避難し火災で次々と焼けていく市内を見る。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/6 | 東練兵場上の二葉山 |